自尊心を高めることが成功の秘訣!うまくいっている人の考え方 完全版

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「自尊心を高める」方法について全100項目で紹介した本を読んでみました。読みやすくてわかりやすい本でした。

まちがいを認められるのは円熟の証

まちがいを犯すということは、人間的に劣っているということではなく、人間的だということである。自分が犯したまちがいを進んで認められるということは、人間的に円熟している証であり、健全な自尊心の尺度である。

間違いや過ちというのは人間誰しもが犯してしまうもので仕方がないはずなのですが、なぜかそれが発覚した時は責任逃れをしたくなってしまうものです。仕方がないとわかっているんですけどね。

この引用にあるように自分が犯したまちがいを「進んで認められる」というのは、自分への寛容さを身につけるということだとですよね。他人のミスに寛容な人というのは、自らにも寛容である傾向があるものです。

自分に厳しく他人に優しい、は素晴らしいことですが、現実には難しいので凡人代表の私は、自分に優しく他人に優しい、を目指すべきなのかな、と。

自分の気分に責任を持つ

自分がどれだけ幸せかは、人生観しだいである。幸せというのは、何かいいことがあったから気分がいいということではなく、あくまでも自発的に生み出される心の状態を指すのだ。

「気分」というのは自分以外の外的要因によってもたらされると思っている人は多いのではないでしょうか。

このテの自己啓発本では繰り返しいわれることですが、「気分」は自分で選ぶことができるものなんですよね。気分は勝手にもたらされている、という受け身な捉え方をしてはいませんか?

自分で選べる、と認識するだけで、思いのほか意識が変わって気分よく過ごせるものです。

他人のために生きない

私たちは成長する過程で、他人の意見をすごく気にするようになる。その原因は、親や学校の先生から「人からどう言われるか、あるいはどう思われるかを考えなさい」と言われつづけたことにある。こうして、他人からどう思われるかを優先課題にするようになった。その結果、他人からどう思われるかを重視するあまり、自分のための生き方ではなく他人のための生き方を追求するようになってしまったのだ。つまり、自分がしたいことではなく、他人から期待されていることや他人の称賛が得られそうなことを行動方針にするようになったのである。

これが身にしみてよくわかるようになってきました。

不思議なものでビジネスでも「お客のニーズから商品を考える」というマーケティング主導なやり方、すなわち「他人から期待されること」を意識して製品やサービスを開発してもうまくいったことってないんですよね。

それよりも「自分にとって楽にやれて面倒くさくないこと、単に自分が楽しいこと」をやったほうが良い成果が出ています。

「客観視」や「俯瞰で見る」といった第三者的な視点を取り入れることも大切ですが、それと「他人の期待に応える」ということは混同しやすいですが、まったく別なことのはずです。

自分の人生が「他人からの期待駆動な人生」なのか、それとも「自分のやりたいこと駆動な人生」なのか、今一度確認してみてはいかがでしょうか。

他人をコントロールしようとしない

他人の行動について不当な期待を抱く人がいる。こういう人は自分がしてほしいと思っていることをしてもらえないと、自分の気持ちが傷つけられたことを相手に伝える。たとえば、「あなたは気配りが足りない」「思いやりがない」「わざと不親切なことをした」と言って相手を責めるのがそれだ。こういう態度をとる人は、自分のやり方に相手が従っていないようだと、これらのセリフを使えば、精神的に優位に立って相手に罰を加えられることを知っている。

上下関係がなくフラットなパートナー関係にあるはずの人間などに対しても少しでも優位性を確保しようと相手のミスを責める人っていますよね、恥ずかしながら私にも心当たりがあります。

これは夫婦関係にもありますよね。うまくいっていない夫婦の話をきくと大抵は主導権争いが起こっているものです。

皮肉なことに相手を責めるパートナーは、その後に相手を責めた以上の罪悪感に苛まされたりするものだからタチが悪い。そしてさらに「自分にこんな罪悪感を抱かせるのは相手が悪い」と状況がループしてしまうわけです^^;

相手に対して意見をいう時は、その意見が主導権を求めてのものでないか注意深く観察する必要がありますね。

あくまで「他人の行動について不当な期待」ということであって、仕事の上司が部下などに対応する場合はこの限りではないという点に注意してください。

完璧主義をやめる

完璧主義者は幸せな人ではない。完璧主義者に共通する傾向をいくつか指摘しよう。

●他のだれよりもきちんと物事を処理できると信じているために、よけいな仕事をたくさん背負い込む。
●物事の決定に悩み抜く。
●絶えずミスを探し求め、いつもミスを発見する。
●最悪なのは、何事も完璧にこなす能力を自分の人間としての価値と同一視することである。このために、完璧主義者は自分を一級の人間だとはなかなか思えなくなっている

本を読めば読むほど、これこそ世の諸悪の根源とされているのではないかと実感してきた「完璧主義」。

これだけ本を開けば「完璧主義は世の悪だ」と散々書かれているにもかかわらず、社会やビジネスにおいては「完璧主義」の仕事のほうが礼賛される傾向があるように思えるのは私だけでしょうか。むしろ今日の日本の社会システムは「完璧主義」のほうが生きやすいと思うんですよね。

この矛盾があるがゆえに、多くの方が完璧主義から脱することができずに苦しむことになるわけですが、私人生における最大の発明である「完璧に適当をやる」と決めてしまえば完璧主義のまま完璧主義をやめることができます(笑)。

屁理屈みたいなものですが、私にとっては効果絶大だったので、完璧主義に苦しんでいる方は「完璧に適当をやる完璧主義者」になるように努めると楽になれるかもしれません。

ほめられることが苦手な人の正体

人からほめられると何となく居心地が悪くなるのは謙虚だからではない。それは自意識によるものである。つまり、人からほめられても、自分にはそれだけの価値がないと心の中で信じているために、とまどってしまうことが原因なのだ。子どものころ、私たちは自分の長所を自分で口に出して言うことはよくないと学んだ。自分で自分をほめる人間は自惚れ屋とか虚栄心が強いと思われるからである。その結果、他人がせっかく好意的な評価をしてくれても、照れて敬遠するようになる。どうやら、子どものころに教えられたことから脱皮する必要があるようだ。

私にも仕事の成果物を褒められてもあまり嬉しさを感じず、むしろ不快感さえ覚えてしまう時期がありました。

この問題を解決する良い方法があります。それは「誰かを褒める」ことです。大抵、この問題に陥っている人って他人をロクに褒めない人なんですよね。

私は人にモノを教える立場になった時に必然的に「褒める」ということをするようになったのですが、褒めても「いやいやいや、私なんて大したもんじゃこざいません」と言わんばかりにこちらの賞賛の言葉にバリアーを張ってしまう人はよくいます。

これは褒めた立場からするとすごく辛いんですよね。自分の好意が受け取られなかった気がするばかりか、むしろ相手に悪いことをしてしまったような気にもなります。

そして何より「褒めたほうは賞賛の言葉が直感的に口を突いて出ただけ」で深く考えてのものではない場合がほとんどです。

これを勘違いして、相手から褒められた時に「ありがとう」と素直に応じるどころか、言外の意味があるのではないか、と感じて不快感さえ覚えていた頃の自分が恥ずかしい・・・ストイックを気取るのも大概にしておかなければなりません^^;

反省

問題に直面したときには必ずこう自問してみよう。 「過去のどの時点で別の選択をしていれば、この問題を回避できたか?」 これは言い換えると、「この問題を回避するには、どうすればよかったか?」ということである。この練習は罪悪感を持つためにするのではない。これから起こりうる多くの問題を防ぐ力が自分にあるということに気づくためにするのだ。

これは良いトレーニングだと思うんですよね。

人は問題に直面したときに「なぜこうなってしまったのか」と因果関係を把握しようとするものですが、大抵はその結果を「どうすれば良かったか」という次に繋がる建設的な作業に使わずに、自己嫌悪に陥ったり他人を責める材料にしてしまいがちです。

そうではなくてこのトレーニングを通じてすべての問題は回避可能であり、ただ今回は自分が選択を誤ってしまっただけだと気がつければ不要な罪悪感に苛まされることなくなりますし、むしろ自己肯定感を得るに繋がるのではないでしょうか。

自分の理屈を押し付けない

他人にとって何がいちばんいいかを、当の本人よりよく知っていると信じ込んでいる人がいる。こういう人は自分のほうが頭がよく道徳的で、自分の価値観が他人の価値観よりも優れていると確信している。こういう人は自分の考え方に他人がどれだけ迷惑していようと気にかけない。また、他人の人権を踏みにじっていても気がつかない。こういう人が唯一関心を持っていることは、自分の考え方を他人に押しつけることでしかないのだ。

エヴァンゲリオンで葛城ミサトが「日本人の美徳は察しと思いやり」というシーンがあるのですが、私もそのとおりだと思いましたし、そうであって欲しいと思ったものです。

しかしそれが間違ったベクトルで表面化してしまうと自分の理屈を良かれと思って押し付ける人、それがこの引用で紹介されるような「おせっかい野郎」になってしまうわけです。

タチが悪いのが自分は相手に良いことをしていると信じて疑わずに強引に意見を押し付けてしまうところ。本当のところはこの引用のように自分のほうが相手より優れていると思っている痛い人なわけです。これをやる人は自分がソレをやられると激昂するというさらなるタチの悪さもありますよね。

日本人の美徳というのは、見えないはずの着物の裏地や、目につかぬ製品内部に見せる職人芸、相手に気づかれないように行うサービス、のように、相手に気取られたり、気を使っていることを表面化しないことを前提とした奥ゆかしい心意気あってのものであって、西洋で開発された販売手法に従って、いかに超絶技巧なのかを過剰にうたったり、大舞台で「おもてなし」なんていってのけてしまうのは日本人の美徳ではない!相手のためを思えばこそ押し付けるのではなく気付かれない範囲で尽力するべきなのです!

↑という人にならないように注意が必要です。

醜い部分もあるものだと認める

実際のところ、だれしも心の中に何らかの醜い考えを抱いているものだ。不幸なことに、多くの人は自分の心の中で生まれた考えを捨て去ろうと努力する。しかし、自分の一部を否定することは賢明なことではない。あるものをないと思い込もうとしても、それは消え去らないからだ。いちばん賢明な対応策は、自分の考えは自分の考えであることを認め、静かにそれを受け入れ、自分を洗い清めることである。

こういう考え方を受け入れられるようになるにはある程度の年輪を重ねる必要があるのか、最近になってやっとこういう変えられない部分があるということを認められるようになってきました。

人生にはこういった「潔さ」ともいえる考え方が必要ですよね。いつまでも変えられないことを変えようとしたり、あるものをなくそうとする完璧主義は先述のように身を滅ぼしてしまうだけです。

人生の洞察を深める

誰でも間違いを犯すが、誰もが同じ対応をするわけではない。一部の人は自分の間違いの原因が他者にあるとかたくなに主張する。だが、そういう姿勢は自滅的で、将来、多くの問題を引き起こすおそれがある。賢い人は問題に遭遇すると、学習することによって人生の質を高める絶好の機会だと考える。そして、過去を振り返って不幸な経験の本当の原因を発見し、どんな行動をとっていたらその問題を避けることができたかを考える。賢い人はこうして洞察を深めるのだ。

間違いを犯したときは、洞察を深める絶好の機会だ。

この「洞察を深める」という言葉が欠けていた私の人生パズルにピタッとはまる言葉でした。

「失敗は成功の糧」という言葉は誰もがしるところだと思うのですが、この言葉だと個人的には「失敗」が積み上がっているイメージで漠然としていると思っていました。つまり成功は高いところにあって「失敗」を積み重なれば手が届くようになるのかな、と。

この「間違いにより洞察を深める」というのはボーリングで石油や温泉などの地下資源に段々近づいていくイメージでわかりやすいと思うんです。「失敗は成功の糧」よりも「失敗により洞察を深めて成功を掘る」のほうがイメージしやすいと思うんです。私だけでしょうか(苦笑)?

良き選択の識別方法

いい選択と悪い選択を識別する方法を紹介しよう。いい選択とは何かについて適切な指針を持つことによって、個人的な問題を以前より迅速かつ効果的に解決できるようになるだろう。いい選択とは、次の指針をすべて満たすものでなければならない。

*気分がよくなる。
*他の人が変わる必要がない。
*自分の幸せが優先されている。
*他の人が責任をとる必要がない。
*自分を含めて誰も被害を受けない。

以上のすべての指針に従うなら、あなたは人間関係を改善し、はるかに幸せになるはずだ。

つまりは自らの選択によってWin-Winを目指そうということですね。

しかしこのWin-Winが難しいのは、相手を成功させるのは簡単ですが、実は自分の成功を疎かにしてしまう人がとても多いんですよね。よくいえば自己犠牲(よくもないですが)、悪く言えば思考停止のように思えます。

以前購入した7つの習慣ボードゲームをやっていても、誰かを成功させることはできても、自分を成功させようとする人はものすごく少ないんです。真に俯瞰で物事を見ることができれば、まず自分が成功しなければ周囲だって成功できないということはわかるはずなんですけどね。

この引用に上げられた良き選択の識別方法の5項目のうち3項目は自分に関することです。それくらいまずは自分が成功することを意識することが大事だということですね。


本書は、以上のような「自尊心」を高めることを目的とした100項目に及ぶ項目で構成されており、ひとつひとつの項目は短いですし、内容とまとめに分かれているのでわかりやすく読みやすい本でした。

「そういえば最近は自己啓発系の本を読んでないなー」という方は、この機会に一読されてみてはいかがでしょうか。